えー、遠州は浜名湖の北東4kmほどのところに、古くから『井伊谷(いいのや)』と 呼ばれる小さな谷があります。人口4,000人に満たない小さな町。
今、この静かな谷間の町は空前の観光ブームを迎えています。
NHK大河ドラマが、この谷の国人領主 井伊氏を取り上げたのです。
きょうは、この井伊谷のお話を少し。
井伊氏は、南朝の昔からこの地を本貫とする豪族、いわゆる国人領主です。
しかし、井伊のような小規模領主は、平時であればともかく、
乱世ともなると国境を接する大規模勢力の動静を見極めねばならず、
その領地運営の舵取りは困難を極めます。
時は戦国。東に仰ぐは駿河の太守 名家今川。
井伊氏は、足利の血を引くこの名門の軍門に降り
所領の安堵を得たものの、時のうねりは平安な暮らしを許しません。
大きな傘であったはずの今川は衰退期に入り、南下する甲斐の古豪 武田、
それに呼応した三河の新興勢力 徳川の挟撃を受けます。
井伊の運命や如何に。
この難局から井伊を救ったのが、時の当主 尼小僧 次郎法師、おんな城主 直虎です。
この後に家督を継いだ直政は、徳川家家中でめきめきと頭角を現し、
若輩ながら四天王の末席に名を連ねるほどに出世します。
以来、その宗家 掃部頭(かもんのかみ)家は15代にわたって幕閣に深く関わり、
幕末には大老 掃部頭 直弼を輩出します。
この井伊谷の見どころは大きく分けて二つ。
神宮寺川で南北に分けられた、井伊谷城址のある北側と龍澤寺のある南側。
城山の南端に突き出た峰に残る城址からは、
のどかな谷間に田圃が広がる井伊谷の様子がパノラマに広がります。
一方、井伊家の菩提寺 龍澤寺は、小堀遠州作庭の庭が美しい、
それはそれはすばらしいお寺です。
寺の北には、後醍醐帝の皇子 宗良親王のご陵墓もあります。さすが、南朝派。
そして、寺の山門を出て南へ下るとお待ちかねの休憩処。
名物『出世だんご』は、ふりかけられた浜納豆の塩気が効いて旅の疲れを癒します。
おまけは、同店の『カキ氷 三ケ日みかん氷』。
これもすばらしい。
店の兄さんもイケメンだし。
言い伝えよれば、常に民と共にあった国人領主時代の井伊家の領地支配。
井伊谷は、そんな中世の記憶を今ににとどめる、ロマンチックな谷間の町でした。