15年秋、Facebookを眺めていると、あるニュースが飛び込んできました。
『ゼロ戦里帰りプロジェクト』。
ニュージーランドでフライトジャケットメーカーを経営する石塚氏が、故あって所有することになったゼロ戦22型を日本の空に里帰りさせようというものです。
私財をつぎ込んだ壮大な事業です。彼の情熱と強い思いに圧倒されました。
このゼロ戦という飛行機は、大東亜戦争初期に当時の日本海軍が主に航空母艦に艦載し、制空権を確保することを目的に運用したもので、その長大な航続距離と優れた旋回能力、鋭い上昇力や強力な火力などで、戦争初期には世界でも最も優れた戦闘機と評されました。
1940年、海軍の慣例にのっとり、正式採用された皇紀2600年の末尾の『0』を取って『零式艦上戦闘機』と命名されました。
で、あるんです。このゼロ戦。
ふるさとしずおかにも。
航空自衛隊浜松基地。
基地の南端にあるエアパークと呼ばれる広報館の格納庫に、静かに翼を休めています。
浜松基地のゼロ戦は、最も多く生産された大戦後期の52型。改良によって僅かに出力が増したエンジンと、旋回性能よりも速力を重視して短く切り詰められた翼が特徴です。
ゼロ戦の生産機数は1万と430機。そのほとんどが先の大戦と米軍の進駐で失われました。
しかし、欧米を中心に、今も世界におよそ30機が現存します。
欧米では、時代を象徴する優れた工業製品として人々の記憶に残るゼロ戦も、生産国である日本では、先の大戦を象徴するものとして忌み疎まれています。
先に紹介した石塚氏のゼロ戦も、日本で飛ばすまでには相当の苦労があったと聞きます。
しかし私は、歴史を正しく理解するアイコンとして、こういう遺産は大切に後世に伝えることが必要だと思うのです。
きょうのおまけは、浜名湖 太助のアサリの酒蒸し。
小ぶりですが、かみしめるほどに旨みが溢れ出る浜名湖ならではのグルメです。
貝好きにはたまりません。
しかし、今年の浜名湖の潮干狩りは、アサリの稚貝がクロダイにやられて大打撃とか…。
ところで。品書きにはなぜかクルマエビの料理がずらり。
浜名湖ってクルマエビも名物なんですねぇ。