もう30年くらい前の話ですが、大学生の頃、ガールフレンドのレポートを代筆したことがありました。
テーマは『日本人はどこから来たか』。
深いですなぁ。
どんなふうに話を展開したのかは忘れましたが、どうも、私たちのご先祖様は、北方や南方から、実に多岐にわたるルートでこの島国に渡来したようです。
私たちの世代が学校で学んだ歴史によれば、稲作文化をたずさえたいわゆる弥生人は、大陸から半島を経由して九州に上陸し、土着の縄文人を南と東に追いやりながら東進したのだそうです。
つまり、ご先祖様には半島の血も交じっていたということですが、最近の研究では、実はそうではないことが分かったのだそうです。
古墳文化や遺伝子を調べると、半島には当時の日本人が逆上陸したのだと。
なんでも、『倭国』というのは、かつては九州の北部と半島の南部にまたがっていたのだそうで、古代の半島に存在した伽耶とか任那というのは倭人の国だというのです。
まぁ、それはともかく、弥生時代は水稲耕作の伝来で幕を開けました。諸説あるもののその始まりは紀元前5世紀。その後、この時代は紀元3世紀ごろまで、約800年にわたって続いたということです。
ふるさとしずおかで弥生時代とくれば、真っ先に思い浮かぶのは『登呂遺跡』。
訪れたのは、実に40年ぶりのことです。
弥生時代後期の水田、集落の遺跡である同公園は、現在は静岡市によって管理される公園です。
同園は、地元の人々の憩いの場としても利用されています。
園内には、竪穴式住居や高床式倉庫が再現され、併設の博物館では貫頭衣を着て火おこしも体験できます。
建築物や衣服、生活のための土器やその他の調度など、機械もない時代に、彼らはよくぞこんな文化的な生活を営んだと感心します。何千年もの間、脈々と続く人の営みを思うと、なんだか日頃のちっぽけなことで悩むことがばかばかしく思えたりします。
ちょうど良い気分転換になりました。
いいところですねぇ。ふるさとしずおかは。
ちょっと足をのばせばすぐにこんないいところがある。
で、登呂遺跡といえば、やまだいちの餅の家。76年に建ったそうです。
おススメは『からみ餅』。
これもまた美味。